はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

ADs

他人に不正させる輩

自分で不正を犯すのではなく、他人を使って不正させて利益を得ようとする者がいる。こういった輩の行動パターンは大抵共通していて、「 いつもの流れ」になったら警戒して、仲間として引きずり込まれそうになったら手段を択ばずに関係を断絶するようにしている。 そういった態度については反発も多く買うが、それにいちいち配慮すると悪人の仲間になってしまうのでやむを得ない。 仲良しごっこをしたところで不正目的で維持されている関係であるし、それをわざわざ維持する必要はない。もちろん、 不正をさせるターゲットを手放さないために連中がわざと攻撃しているという面もある。

彼らの手法は大体共通している。はじめは肚の探り合いから始まる。目の前で不正を犯したり、周囲の不正を犯している者の話をして、その反応をうかがってくる。 これによって不正を許容してくれるか否かを探ろうとしている。ここで怒り出したりしないならば、彼らは次第に正体を丸出しにしながらその先のステップに進む。 次のステップでは実際に小さい不正をやらせようとする。小さな誤魔化しやこずるい行為を肯定したり絶賛する。そして、それを行うと絶賛するが、 一方で拒否したり否定的な言動をとると豹変して脅してくる。有力者と知り合いだとか、周囲の人間関係を一気になくすといった内容を仄めかしながら、 言いなりにならないと怖い目に逢うかのように圧力をかけてくる。

ここで駆け引きに負けてしまうと、次々と内容のハードルが上がっていく。それは即ち社会的により明白な不正を犯させるという意味である。最終的な仕上げとして、 彼らの目標とする不正をするように持ち掛けてくる。それは、組織の中で決定権のあるものに不正に采配させるとか、 機密の技術や情報を持ち出すとか、そういった類の不正である。これに応じてしまうと重大な責任問題となって、間違いなく社会的制裁の対象になる。そして、 持ち掛けたものは知らん顔して逃げ切る。利益は彼らに渡ったままで損失ばかり背負わさせるというわけだ。

以前、一回その危ない段階まで行きかかったことがある。別に、前段階の不正を犯したわけではない。何のことはない、脅されて怖かったので「だんまり」 をひたすら決め込んでいたのだった。何か意見を求められても中身のある答えは言わず、かといって相手の主張を肯定するわけでもなく、 頷きを強制されかかったらやはり「だんまり」を決め込んでコメントしない方向でかわしてきたのだ。そうしたところ、 彼らは自分達の主張に賛同しているとでも思ったのか、次々と暴走して次のステップのもちかけを次々と繰り出してきたのだった。

これは相手の誘いに乗らないとともに、悪い相手の正体を露見するうえでも効果的な手法なのかもしれない。その実、 駆け引きをするために曖昧な態度をとり続けたわけではなく、脅されて怖かったので黙っていたのだ。要するに、主張している内容がおかしいものであっても、 異議を唱えても聞く耳を持ってくれるわけでないし、下手に反感を抱いていると悟られたら敵扱いされて何されるかわからないと感じたから黙っていたのだ。

彼らは誤算をしていて、脅される側が恐怖を感じたからといって思い通りに操縦できるわけではないということを知らなかったようだ。 私のように何もしないほうが得策だと判断することもある。それから、以前にもブログで書いたと思うのだが、持ち掛けられた不正内容を公表する。 別に実名を挙げて書く必要はなく、持ち掛けられた内容だけ書けばよい。これだけでも身辺を監視しているやましい連中には相当堪えるようだ。

人が本当に怒っている時は、表情に出さないで行動に及ぶことがある。黙って話を聞いて懐柔されているのではなく、 関係を切るためのタイミングを決めようとしている準備段階だったりする。自分と相手は別の人間なのだから、何でも己の思い通りに事が進むわけはないし、 相手を軽んじていれば尚更別人物である相手の心は離れていくのである。他人を利用しなければ何も出来ないような者はそれを知らない。 だから、利用されている相手を我に返らせれば、騙されている被害者を救うことができる。

Google mapの見当外れな結果

Google mapはよく利用する。出かける前に利用交通機関を調べたり、道筋をチェックしたりする用途に便利であるし、大体それに記載されている通りの時間で現地に着くのでよくできていると思う。

そのGoogle mapで不便だと思うのは、地名の優先順位がつけられないことだ。概ねの場所は的確に表示される。ところが、同じような地名が重複するような場合がある。「関内」とか「栄町」といったどう考えても横浜や千葉当たりの中心市街地のことを調べているような状況で、検索窓でそれらの地名を入力するとよくわからない北関東の農村が表示されるといった現象が頻繁に起こる。

確率論から言って、そんなところを目的地にするユーザーよりも、同じ地名の大都市部の繁華街を目的地にするユーザーのほうが多いのは明白だ。ましてや、Googleは検索の最適化に血道をあげている会社であり、その会社の提供しているサービスである。そこで見当はずれな検索結果になるのは意図的なものを感じる。例えば、検索結果をわざと違うものにすることで生産性を落とすとか、とんでもない方向に路線案内するとか、そういった目的ではないかと勘ぐってしまうということだ。

別に、検索窓を使わなくても該当の地域にクローズアップしていけばよい話なのだが、使わせるためについていると思われる検索窓が無駄になっているわけで生かせていない無駄なスペース・機能な状態である。私にとっては千葉市名古屋市の栄町よりも千葉県印旛郡の「栄町」が、横浜市よりも千葉県東金市の「関内」が検索結果に出てくるのは検索妨害以外の何物でもないのだが、あの結果で的確だと満足するユーザーはどれほどいるのだろうか。

リベラルの劣化とは何か

リベラルの劣化などずいぶん前から保守層が言ってきたことなのに、今になってリベラル陣営からもその意見が出てきた。 リベラル系が政権を取った民主党政権時代の国政の停滞ぶりとか、国会前で大騒ぎのデモを行っても世間は冷ややかな目で見て国政も動くことはなかったとか、 認めざるを得ない現実を突きつけられたからだろう。

欧米でムーブメントが起こるとその劣化コピー程度の模倣しかできない日本のリベラルたち。実際のところ活動の趣旨も理解できておらず、 欧米でそのムーブメントが起こった理由である特定層の困窮とか厳しい現状といった社会背景とは全く合致していない層が仕掛け人の あおる熱狂に乗じて騒いでいるに過ぎない。

それは国内で本当に解決すべき問題の抱える現実とも乖離しているので、結局まともな人からは相手にされない。それでも、 騒ぐ連中は自分たちに対する評価を過大に行うし、マイナス評価するものを団結して敵視する。それは、騒ぐことで一応団体に一体感が生まれるためであるし、 自分たちが大きなものに属して社会の巨悪と戦っているという気になれるためである。

これまで大騒ぎして消えた社会運動はたくさんあった。アイスバケツ、99%の貧困層、保育園落ちた、9/1の図書館、シャルリエブド、 どれも騒動に便乗して大騒ぎしたいだけの連中の消費対象になったか、具体的な行動を伴わずに無責任に騒いで終わりとか、 騒げば騒ぐほど問題がうやむやに霞んでくるとか、本来の目的とは大きく乖離した結果だった。

人を支援する行為にも知性は求められる。弱者への援助と、弱者を援助している自分に自己陶酔する行為は分けるべきである。 そして、リベラルで「意識が高」い市民なるものの「意識」というものの本質が、結局リベラルとは正反対の「 空気を読んで同調」という土俗的なところに根差している。

この旧態依然とした部分を変革するのが保守である。だからリベラル派は保守から馬鹿にされる。日本は保守革新が逆で、保守の思想の根幹が「国造り」 といういわば革新的な思想にある。一方で革新を名乗る連中がいまだに資本家労働者とか旧態にすべてを当てはめることに固執した結果変革の足を引っ張る。