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生協ギョーザ事件は左翼の責任丸投げ体質そのもの

中国製の毒ギョーザ事件を受けた生協の第三者委員による検証で出た結論は、ある程度予想はついていたものの、「社会全体で再発防止に取り組む必要がある」という検証も対策も明文化を先送りして他に丸投げしていると取れる内容だった。

本来主体性を発揮すべき団体が、責任が自分たちに付帯すると分かるや否や手のひらを返したように逃げ出し、何でも「社会全体」に丸投げする。

これは無責任で無策と言われても仕方がない姿勢である。

そもそも、生協というと食品添加物や品質に独自の対策をしていることで独自性をアピールしてきた。しかし、一連の農薬入り食品問題で実際は民間の業者に製造を丸投げしていて中身は生協が常日頃批判している一般の品物と変わらないということが判明した。

第三者委員会の、「虚偽表示や残留農薬と同じ性格の問題ではない」という指摘は生協が自分たちの商品が普段のPRどおりの品質であることを裏打ちする取り組みを怠り、安全をPRしながら実際は品質のチェックを自主的にしておらず、結果、汚染された食品が販売されることを見逃してしまったという点では、「同じ性格の問題」であり的を得ていない。

また、「有害物質の意図的な混入や事故による混入を防ぐための社会システムを構築する必要がある」という委員会が事件を調査して出した結論と思しき意見は、社会全体で犯罪の発生を予知して防げ、という到底不可能な内容で、何ら結論になっていない。

「食品クレームデータベース」や「食品テロに対するマニュアル」を行政が設置していれば今回の事件が無かったのだ、と言わんばかりの意見も言い訳にすらなっていない。

こんな結論では、設置された委員会はある種の団体の御用学者の集まりなのではないかと考えたくなってしまう。この種の団体の得意技の「自己批判」の方が余程効果的なのではないだろうか。

くどいようだが、犯罪の予知に血道を挙げる前に、生産した品物を自分たちでチェックしていれば良い話で、社会全体にゆだねる必要は無い。それとも、消費者の自己責任、食って自分で確かめろとでも言いたいのだろうか。

「社会全体」という言葉をこのような場面で使われると、誰に責任があるのか、誰が主体的に取り組むべき問題か、という観点で企業が社会的責任を放棄して思考停止状態に陥ったようにしか見えない。「俺は餃子屋じゃねぇ、何でお前達の起こした問題で俺達が取り組みに参加しないといけないんだ」と読者諸君は思わないだろうか。

生協はもう一度検証委員会を設置しなおして調査をやり直した方が良いだろう。社会全体に丸投げされたのでは、何人職員を増員しても同じように事件発生後に責任逃れの対応を繰り返すばかりである。

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