はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

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aicezukiの人物像を考察する

京大カンニング事件のaicezukiが逮捕されて、不正行為に批判的な意見に対して擁護の声が上がり始めている。逮捕されたaicezukiは世間の同情を得るためか、経済的な理由やら家庭の事情などを動機として挙げているという。

一連の報道を見ていてふと思い出したのは2008年3月に起こった岡山駅突き落とし事件だった。あのときと流れが似ている。

大学進学を希望しながらも経済的事情で断念せざるを得ず家出し、刑務所行きたさに目の前の帰宅途中の男性を電車が入線しているホームから突き落として轢殺させたという事件である。このときも批判的な論調にまぎれて少年を擁護する意見が見られた。それは、この犯人の少年が高校で成績優秀で東大農学部や京大医学部を志望していたが経済事情で断念したなどと報道されたあたりからである。

一般にマスコミやら世間の論調で目立った立場にいる者たちは、幼少時からエリート扱いされて、難関に分類される学校の受験を経ている場合が多い(、そして、大体そのへんが人生のピークであとは普通のオッサン、オバサンになっていく)。そのために、似た立場の者への感情移入も手伝っているのだろう。それに引っ張られる形で遺族も成績優秀ということで立派に更生してほしいなどとコメントするに至った。

筆者はというと、盲目的感情的な擁護が不自然で気味悪さを感じたのと、その前後に少しずつ分かってきていた少年の実像から、少年が世間の同情を買って罪を軽減しようとしたたかに計算しているのではないかと感じるようになった。

そのへんの思いをうまく表現してくれているブログがあって、下の2つの記事は個人的に非常に共感できる内容だった。そして、今回の事件で改めて読み直してみてaicezukiにも同じことが言えるのではないかと思った。

http://cvoff.cocolog-nifty.com/oya/2008/07/post_378f.html

岡山駅突き落とし、本当は自己評価のできない子」

http://cvoff.cocolog-nifty.com/oya/2008/07/post_f503.html

「父親は良く話をしたが子どもは心を開いていない」

これを読んでいくと事件の犯人に同情している連中の前提としている、「家が貧しくて大学受験を断念した」という動機の前提が少しずつ崩れていくのが見える。

一連の報道で最初に気になった言葉が「成績優秀」という文句だった。これはどのような集団の中なのか、競合する母集団の質に私は興味を抱いたのである。

報道によると、少年の出身高校は大阪・池田市にある農業高校だという。職業高校のカリキュラム上、数学や理科などで大学の試験に必須な科目を履修できていない可能性が出てくる。家が貧しいのであれば外部の塾予備校でそれを受講して補うことは難しいはずだ。ただ、この種の職業高校でも大学進学に特化したクラスを設置している場合があるので、高校の進路実績をチェックしてみると、ほとんどは就職、短大や私大に一部が進学、国公立はほとんどおらず地方の大学の農学系や造園系のところに少数が進学しているという、東大京大の受験には適さない学校であることが分かった。

少年の家は阪神大震災被災者で神戸から大阪へ転居してきたというから、農業への強い意志があるとか、家が農業で家の意思で進学したといった事情でそこを選んだのではなさそうである。単に学力が足りないために「そこしか通えなかった」のではないだろうか。大東市から池田市への距離、それよりも近い距離にいくらでも大学進学に強い有名校がたくさんあることからもそれを物語っている。

高校進学の段階でそれまでの小中学校で分ってほしいことすら身についていないのに、大学進学にハンデになるカリキュラムの職業高校へ進んで、それで有名校の競合受験生も多い東大農学部や京大医学部を受験しようと考えることは、夢想に等しい。実現するならば、それ相応の努力と実行が必要であるが、それをした形跡がない。少年の「優秀さ」を示す根拠が高校の成績だけしか報じられていない。しまいには、学校トップクラスという話も学級内で10番手くらいだったなどという話も出ている。このことから、少年が自分の学力を客観的に評価するための模擬試験や実際の入学試験を受験したわけではないということが見えてくる。

少年が脳内妄想で受験生を気取っていた証拠がもう一つある。それは、経済的事情に対して高校の教師がアドバイスをしたという報道は一切なかったことである。給与が支給される防衛や職業系の大学校はもちろん、奨学制度、学費の減免制度などについても進路の相談を受ける立場の教師は大抵わかっているはずで、本当に大学受験の意思があるのであれば、経済的に断念しないように具体的な話がなされていたのではないだろうか。どの段階からかは分らないが、非現実的な話を進路相談の場で口にして教師から現実を突きつけられて以来、あるいは、表向き教師の現実的な方針に賛同しつつも、妄想の世界で東大京大受験生になっていたようである。

なかなかaicezukiの考察まで話がいかないが、岡山突き落とし事件の少年についての話の続き。

少年はどのような過程を経たのかは不明であるが、受験はせず、かといって求職もしないで高校を卒業している。仕事をしながら勉強しようとしたがうまくいかなかったという報道もある。この仕事とはアルバイトだろうか。勉強とは受験なのか、資格取得なのか、不明である。ただ、事件前日は職安に行っており、大学受験ではなく職業関係の資格取得をもくろんでいたと考えられる。

少年は高校という後ろ盾を失い、したがって、農業高校とはいえその中での「成績優秀」とか、ましてや「自分は優秀で東大京大を目指している」という幻想を持つことが困難となった。また、世間はそれではちやほやしてくれないことを知ったことだろう。

さらには、実際に資格取得を試みようとしてうまくいかない現実にも直面する。この資格とはどのようなものか。また、東大京大受験のような非現実的な資格かもしれないが、少なくともこれまでの農業関係の分野とは関係ないものだろう。農業に関係する資格自体が余りないということもあるが、件の妄想癖からするとやはり現実逃避的に別分野の資格取得が考えられる。とにかく、それに挫折する。取得困難なものに挑戦していたのか、はたまた、正社員が仕事の片手間に取得すれば問題ないようなものにすら失敗したのか不明であるが。

事件直前までの少年の軌跡をたどってみると、一部の擁護論者は少年の妄想に振り回されているようにしか見えないし、一部の障害児の親が懸念しているようにアスペルガーだから事件を起こしたというような偏見も持つ必要がない。本件では精神病は関係ないのではないか。すべては身勝手で他人を見下して育ってきたアホガキが自業自得で起こした、同情の余地のない事件である。

岡山駅突き落とし事件は、判決が懲役5年から10年の不定期刑ということで、未決拘留期間を含めるとあと5年くらいで出所してくる計算になる。殺人の社会的代償は大学進学の学費よりもはるかに高い。犯人の少年はその現実に今度は向き合うこととなる。そして、プライドの裏打ちになっていた成績優秀、資格取得の妄想も打ち砕かれている。そんな少年は、結局更生しないで世間の同情にすがろうとしたり、新たな妄想を打ち建てて同じ道を歩み続けるのではないか、そんな気がする。

同じことはaicezukiにも言える。

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