はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

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ゼロリスク社会を目指して

熱海市が3月に開催する予定だった海岸でのマラソン大会を地震津波が起こった場合に備えて中止するという。

どのような連中が大騒ぎして大会を中止に追い込んだのかはよくわからない。ただ、それを言い出したら海岸沿いで供用している会場の道路を日常で通行している車は何なのか、東京から一切海岸沿いに近づく事無くどうやって熱海まで行くのか、と言いたいし、そもそも海岸で営業しているホテルは閉館に追い込んだ方が良いだろう。

津波は来ないがお湯は沸かない、大したスポットも無い、海産物も獲れない、そんな特色のないところに行くのならその辺の八王子あたりのマンションで過ごすのと大して変わらないだろう。海沿いである、ということが何よりのバリューである場所から海を取り上げるとは何とも意図不明である。

リスクを唱え出したら何事にも大抵リスクは伴い、絶対的に安全などという場合は無い。我々はリスクが避けられないことは承知で、その中の何を負うかを選択して日常生活を送っている。

だから、高台に逃げてもがけが崩れたり、地割れしたり、火山活動に巻き込まれたり、隕石が降ってくるかもしれない。リスクが嫌なら核シェルターにでも死ぬまで引きこもっていればいい。もちろん何もしてはいけない。それこそテレビゲームだって興奮して心停止や脳出血の原因になりかねない。

Twitterで見かけた秀逸なたとえだが、飛行中の飛行機の中で乗客が着陸は事故のリスクがあるから反対~☆などと言い出し、そのために乗組員たちと話し合うという行為は全然民主的でもなんでもなくて単に愚かである。飛ぶ飛行機は降りるものなのと同じように、話し合い以前にしなければならないこと、負わなければならないリスクがある。事故が起こり得ようが、隕石が降ってくるかもしれなかろうが、何かするためには外に出なければならないものなのだ。それが理解できない連中が権利を振りかざし、力を持ってしまい、世論を撹乱している。

権利に対する義務という言葉がある。しかし、そこまで大げさに気負う必要はないと思うし、それほどの大きな義務はないと思う。要は、権利と称するものを吟味する眼くらいは持てということ。そうしないと自分たちの権利や享受できる利益は無くなっちゃうってこと。

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