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はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

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田舎暮らし論に欠ける長期的視点

都心部の生活のだめな点をいろいろとあげつらって、地方暮らしを理想とする人たちの真意は何か。経済面では初期投資やスローライフと称する生活全般の手間にコストがかかりすぎている。長期的な見通しも見えてこず、場当たり的である。

やや批判的な目で見ると、不便な暮らしを味わうという名目の単なるファッション感覚なのか、衰退した地方に手を差し伸べているのか、あるいは、援助している気になって自己陶酔しているだけなのか、地方を自分たちの売名や自己満足のために利用しているだけなのか、色々と悪い面も見えてくる。

その悪い面が、彼らのサークル内だけの問題ならば、それはこれまでの同様の演劇集団や芸術家気取りのワークショップと大差ない。しかし、地方暮らし、地域活性を掲げられるとそれ以外の人たちも巻き込まれる。

一つは地域の人たち。不便な暮らしごっこをする以上は地域とのかかわりは欠かせない。不便な暮らしごっこや、自己演出のために地域の人たちを駆り出したり、利用することになる。そうでなくても、採算ギリギリの生活で納税をしていないところにも社会インフラや福祉を行き渡らせる必要があるから、地元の自治体にとっては余計な持ち出しが発生する。地元の人たちからの間接的な経済的な搾取は確実に行っているということである。もちろん、田舎暮らしごっこがとん挫すれば、地域住民との関係もそれまでになる。特に、限界集落の活性化をうたったりしている場合などは、すなわち自分たちで生活を成立させられない人たちを切り捨てることになるわけで、社会的な影響が大きい。

また、メンバーの中で子供が生まれるとさらに問題が発生する。経済面で成長を支えられるのか、という疑問もさることながら、親にとってはファッション感覚の不便な暮らしが、子供にとっては社会全般の平均以下の生活水準を強制されることになることへの疑問である。いわば、人工的に貧困生活を強いているようなものである。家庭の教育方針と言ってしまえばそれまでだが、子供にも人権くらいあるだろう。

不便で生活にかかる労力やコストが極端に高くて雑事に追われる生活は、その負担は子供にもしわ寄せがくる。だから、同地域の同年代の子供と比べても、本当だったら追わなくてもよい負担が多かったり、テレビや玩具などの発達期の外的な刺激が少なかったり、文明を否定する親の方針で学業に制限がかかる可能性は十分予想される。成長すると自分の家庭環境を引け目に思うかもしれない。そうすると、今の社会では文明との接点がなく、社会のことも知らず、学歴もない、要するに薄らバカみたいな人たちはおのずと貧困クラスタの中に放り込まれるから、親世代にとっては単なるファッション感覚で、いつでもやめられる感覚の不便な田舎暮らしが、子世代にとっては単なる貧困の継承としてのしかかってくるのである。

親がそのような暮らしに固執している以上、子供は巻き添えを食らうしか選択肢は無いだろうし、あとは子供が自分から気づいて別の道を歩むことを妨げないようにするか、過去の同様の劇団やワークショップのメンバーのように脱退して社会一般の生活に戻るしかないのである。その暮らしは見えていないところでもたくさんの人を巻き込んでいる。

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