読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

ADs

低成長時代のインフラ整備

これからの日本は高齢化の後に人口が減少するので、経済成長はあきらめて福祉に専念すべきなのだそうだ。そして、これ以上無駄な公共工事で道路や鉄道を整備すべきではないのだそうだ。団塊世代が言っていた。

だが、現実はますますインフラが整備されないとやっていけない社会になりつつあるように思う。

例えば、山陰あたりの県では全国展開しているコンビニチェーンやコーヒーショップが進出すると、大ニュースになり、新規開店した店舗には現地の住民がもの珍しそうに列をなす光景が報道される。だが、これらのチェーン店は外部から商材を輸送しないと運営できない。例えば、コンビニは定時輸送を一日数回行っている。だから、空白の県に新規で出店するにしても、大抵一号店は既存のトラック輸送ルートを延長しても時間がかからない県境のような地域が選ばれるものだ。昨今のチェーン店は地産地消からほど遠い。これらの店が他県と同じ利便性を売りにするには、道路網が無いとやっていけないのである。逆に言えば、出店空白地帯はそれだけのルートが確立できないし、出店があるということは道路なり倉庫なりが整備されて輸送のめどがついたということである。

また、長野や山梨に抜ける鉄道路線を観察していると、石油タンク車の貨物列車が多く通行していることに気付く。今の社会は石油で動いている。エネルギーも、物作りも、輸送も。だから、長野でも山梨でも他県と同じように自動車が普及しており、その動力が必要なのである。馬でも使わない限りは今後もこの傾向は変わらない。もちろん、彼らだって他県と同じように消費社会の中に生きている。それらは生産地や輸入拠点から運送されている。道路の整備が不要ならば、これらの県の居住者は不便を甘受して、欠乏と我慢の中で暮らせと目の前で言い放つ気概が必要だろう。

そんな山の中の県にある御嶽山が噴火した。これまでの災害報道は周辺をヘリで飛び回って状況を伝えるものが多かった。だが、ここ数年の事件や自然災害ではその手法が変わりつつある。今回の御岳山噴火では現地で登山していた被災者自身が手持ちのカメラやスマートフォンで写真や動画を撮影し、それをTwitterYoutubeなどで掲載する、あるいは被災体験を取材を介さず直接書き込むという形態が現れた。

こういったタイプの伝え方は、現地の状況を少しでも知りたい人たちからすると便利であるし、心強い。あるいは救助する側が判断するときの材料としても有用かもしれない。だが、このような手法を用いることができるのは、そんな山之上まで携帯電話の電波が来ているからである。

低成長時代でも豊かに暮らせると絵空事を描くのは勝手である。だが、その実現のためにはこれまで以上のインフラが必要と見られるし、それらのもたらす利便性の無い社会に戻ることを望んでいる者はどれくらいいるのだろうか。

広告を非表示にする