はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

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フェアではない道を選択するということ

ひところニュースになったのだが今は皆が忘れかかっていることに、大学受験予備校大手の代々木ゼミナールが校舎のほとんどを3月いっぱいで閉鎖して、予備校事業の規模を縮小させようとしているという出来事がある。

その校舎閉鎖の時が少しずつ近づいていて、すでに受講する講座もなくなって閉鎖される校舎との最後の日を終えた生徒とか、代ゼミ講師の中には冬期講習の出番が終了してひっそりと代ゼミ講師を退職している人たちというのも少しずつ出ているはずなのだが、地味に終わりの日をじわじわと実感するようなニュースのはずなのにマスコミは扱いすらしない。

代ゼミが規模を縮小する理由として少子化を上げる人たちが多い。しかし、予備校が客寄せの合格実績として大々的に掲げ、主たるターゲットとしている東大京早慶などの有名大や医学部は、少子化関係なく現在でも進学希望が多いのが現状だ。むしろ少子化でも早稲田や慶応は学部が増設されたり、医学部だってここ40年で大学数が増えているのに、相変わらずの人気だ。

むしろ、推薦入試が増えていて試験会場で自分の実力で受験をする以外のルートが確立されているからという説のほうが有力であると思う。そしてこれは危惧すべき事案である。試験以外のルートが増えたということは、実力に基づいたフェアな方法で大学進学をして将来をつかむ人たちが減っているということである。

推薦入試に批判的だと、受験生からも保護者からも反発を受けそうだ。受験生からすれば推薦入試制度で入学できれば受験勉強をしなくて済むし、保護者からすればマスコミが悪だと叩いている受験勉強から子供たちを解放して子供の持つ才能を評価するシステムだというわけである。

さて、勉強をしないから本当にいいのだろうか。勉強以外の才能の評価で利益を享受するのは社会の中のどの程度の割合の受験生だろうか。

よくよく考えてほしいのだ。お前の子供に勉強以外のどんな取り柄があるのか、それは社会的に高評価されるようなものなのか。お前はどんなコネを持っているのか、そのコネで子供を有名大学に入れられるのか。そう問われて自信を持って答えられる親がどれくらいいるのだろうか。そして、その答えた内容で社会的に一流の結果を自分の子供に与えられるのだろうか。

多分、勉強では測れないような特殊な才能を具備するだけの英才教育を施せる親や、社会のいたるところにコネを有していて、それでどのような主張でも通せるような親というのは数が限られていて、大半の家庭は恵まれない結果しか望めないのではないだろうか。ただでさえ芸大のようなところでも才能のある者が選ばれて入学しているのに、芸事の世界で生き残っている者は数えるほどではないか。

だから、確率的には自分の子供、あるいは受験生なら自身が、勉強以外の方法の評価で社会的に高評価を得る可能性は低い。だから、現行の推薦入試の多くは学校の存続目的で学費収入を当て込んで乱発をしている情実入試だったり、一流大学の推薦入試は幼稚園の段階から担任の教諭に生徒についての評価を書かせるような別世界のエリート選別が行われているのである。

こうしてみると、受験勉強以外で評価がされる大学入試が拡大しているというのは、フェアではないし割を食う人たちがほどんどだと思うのだが、批判の声があまり無いようで不気味である。

そして、フェアではないことを肯定するのであれば、社会にはびこる不当に設けられた格差を肯定しているのと同じである。推薦入試で本来勉強の実力で入学すべき大学の入学の権利を得ておいて、卒業後に社会の現状にぶち当たって、自分は社会的弱者で格差社会の犠牲者だとか社会が悪いと嘆きだすのは筋違いである。フェアではない方法で立場を得たのだから、その立場で社会格差の格下に転落することがあっても、文句を言わずに受け入れる必要がある。

社会には変革を求める癖に、自分の周りでそれが起こると大騒ぎして現状維持を求める。自分が利益を得ているときにはいい気になっておいて、損しているとわかると社会にフォローと責任を求める。被害者や弱者という立場は批判しにくいことをいいことにして、やりたい放題している。最近よくある、虫のよすぎる話だ。

代ゼミが規模縮小するほどにフェアな競争が忌避されているわけだが、今後フェアではない社会の産む格差が苛烈なものになっていくことへの覚悟はどれほどの人たちが受け入れているのだろうか。

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