はてなの決心高度

飛行機は初代塗装の日航DC-8が好きです。ちなみに飛行機の話題はゼロです。

ADs

SNSのブロック

SNSが各種ある。TwitterとかFacebookとかある。それに類するもので通話・メッセージアプリまで入れたらかなりの数になる。それらで関係者同士やりとりしたり、一部記述はオープンで公開される。

当たり前だが、アカウントを保有しているからと言って、そこに私生活のことを細大漏らさず記述する必要は無いし、第三者からそれを強制されるいわれはない。強制に従う義務もない。だが、それが理解できない者がいるようだ。アカウントに記述される他者の私生活を見ているうちに、他者の生活や人生観を自分の手にしたと勘違いし、方針に介入して彼らの都合の良いように動かそうとする不気味な人種というのがいる。

要するに、「ストーカー」と一括りにできる人種のことであるが、他者との交流の中にこういった目的の人物が紛れ込んでしまうと、せっかく仲間内での思い出を共有しようとしても、それが仲間内に紛れ込んだ異物のような存在によって本来の意味合いを汚されて改変されてしまう。

投稿された内容に押される「いいね」ボタンがあるだろう。仲間内の出来事を共有するために投稿した内容に、無関係の人物がそれを押してくる。ところが、このボタンが「何に対して良いと評価しているのか」が明らかに分からないもので押されている。

そして、現実生活の中で話題の中に無理やりその投稿の内容を執拗に聞き出したり、その場にいた人物の悪口を吹き込んで必死で介入しようとしてくる。こうなると思い出が汚される気分がしてくる。その人物に関係ない人間関係、私たちが大切にしてきた関係。忘れられない大切な思い出。その中に入り込んで、その人物が中心で回るように人間関係や記憶を改変されているように見えて不快だった。さしたる付き合いもないし、共通の話題もない。そして、そこまでして深く関わりたいとは到底思えないので警戒して巨利を置いている人物。それが垣根を無理やり乗り越えてきて、我々の生活に首を突っ込んで、介入するために私生活を探り、我々の思い出を汚す。

それで、その人物の目があることを警戒して仲間内で示し合わせて記述をそこに書かないことにした。そうしたところ、その人物はある日私が歩いているところを見つけた時に行く手を阻んで足止めし、執拗に私生活のことをもっと書け、教えろと大声で怒鳴りつけてきた。私はそれを脅しと解釈した。

勿論、一生の出来事全てをSNSに書くわけではない。SNSの外にも私生活はある。SNSの外にも交友関係があるし、書くまでも無いような日常や心情がある。別に全てを網羅して公開する必要は無い。それは私だけではなく、他の仲間にも言えることであるから、いちいちそんなことは求めない。書かれていないこともあって当然、そう思う。そんな当たり前の事が同意できないのは何かの病気だ。

私はその人物をブロックした。少しずつ距離を置き、SNSへの書き込みも減らした後でブロックした。しかし、ブロック後にその人物からされた被害体験を書いたところ、SNSからリンクされたサイトやブログに特定の端末から必死で何か探るような数多いアクセスがあり、また、人づてにその人物が私の連絡先を聞き出そうとしていると聞いた。それで手下がいると見て、もう少し巻き餌を蒔き(?)、手下を特定してブロックした。元々彼らとの接点は薄く、周囲の人たちが配慮してくれたおかげで私には近寄れないようにしてくれていた。その後、転居を数回行い、おそらく直接的な接触は不可能な場所に逃げ切って、現在は安全な生活を送っている。

ある女性歌手が芸能プロに属さずにSNS中心に告知をして活動をしていたところ、男に付きまとわれて刺されて意識不明という事件があった。この事件の時に、つきまといをSNSでブロックすると却って逆上するなどとネットニュースに書かれていて、随分とストーカー側に優しい意見だと違和感を感じた。話の通じない相手にネットで現実で監視されて介入される方が余程耐えられないのではないだろうか。アイドル刺傷事件のニュースを見て、おかしな人物からやっと逃げた数年前を思い出した。当時、周囲の皆さんには本当にお世話になった。

SNSに張り付いたり、個人情報を根掘り葉掘り聞き出しても、その相手と親しくなれる訳ではない。相手の私生活には入り込めない。相手は支配できない。

広告を非表示にする